大聖護国寺

桂昌院の篤い信仰から当山は隆盛を誇りましたが、天保八年(1837年)十二月十五日、不動堂脇から出火し、伽藍を消失しました。現在の本堂は昭和五十三年に建立されたものです。 その出火によって開山時からのほとんどの文書等は消失しまいました。

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上記の古文書は「右条々御朱印之趣、家長任判形旨」とあることから、家康が大聖護国寺へ直接下した条目と思われる。家康の動向などを堀り下げて、位置付ける必要あり。ただし、天正18年(1590)の年号は、大聖護国寺文書の中でも最古かもしれない。

家康が江戸に入った時期であり関ヶ原の2年前に発した法度であります。

大聖護国寺

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→ 大聖護国寺の板碑 永和元年(1375)

 

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