大聖護国寺の板碑 

 

大聖護国寺

板碑(いたび)とは、中世に造立された石製の塔婆(石塔)の一種である。嘉禄3年(1227)より慶長年間(1596~1615)にかけて、関東地方だけでもおよそ5万基が造立されたと考えられている。

関東地方に分布する板碑は、緑泥片岩(りょくでいへんがん)(秩父青石)で製作されたものが大多数を占め、これらは「武蔵型板碑」と呼ばれている。形状は扁平な板状で、頭部を山形にし、その下に二条線と呼ばれる2条の線を彫り込む。二条線以下は塔身部で、上方部がやや幅の狭い方形状である。基部は下端がすぼまる逆三角形を呈するものが多いが、方形など多様である。

塔身面は枠線で区画される場合も多く、区画内には本尊や銘文等が刻まれている。本尊は仏菩薩をあらわす梵字(種子しゅじ)であることが一般的であるが、ほかに図像や六字名号(南無阿弥陀仏)や七字題目(南無妙法蓮華経)等もある。銘文は紀年銘(一般的に供養日をあらわすとされる)や人名(法名・俗名)だけでなく、真言や経典などの一節を抜き出した「偈げ」等が刻まれることもある。

板碑は供養のために造立された。一般には、故人を弔うための追善供養や、生前に死後の安寧を祈る逆修ぎゃくしゅ供養があるが、15世紀半ば以降になると、月待(つきまち)供養や庚申待(こうしんまち)供養などといった村落での信仰行事を行った証として造立されたものも出現する。

 なおこうした信仰行事を行うために集まる事や参加した人びとを結衆(けちしゅう)といい、こうした人々の名前が列記されたものを交名(きょうみょう)という。

 

■■■ 永和元年(1375)銘阿弥陀三尊種子板碑

大聖護国寺に存する完形の武蔵型板碑である。大きさは、高さ88.9cm、上部幅24.5cm、下部幅26.5cm、最大厚3.4cmである。頭部を山形とし、塔身部との間に羽刻みをあらわす。二条線は確認できないが、位置取りのための割り付け線が残る。塔身面の上方部には、本尊をあらわし、下方部中央には銘文を刻む。本尊は阿弥陀三尊種子で、主尊は「異体字のキリーク」で、蓮座の上に乗る。

脇侍種子は蓮座を伴わない。紀年銘は中央に「永和元年〈乙卯〉十月」と刻む(干支は割書き)。本板碑の蓮座は、群馬県西部から一部長野県東部に分布する、鎌倉時代末から南北朝期にかけて見られる形状で、他所(たとえば埼玉県や東京都など)から移入されたものでないことは明らかである。

 

 

 

 

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