祭祀と職人

造形の全体と細部、とくに佛性は細部に宿っておられると確信します。世界を創造するデミウルゴスという古代ギリシャの神は、あらゆる素材をもって、まるでCGを描くように、地上にさまざまな造形物を与えました。
その時代、今でいうごく普通の職人たちをかのプラトンは、創造神と同じデミウルゴスといった。法隆寺の屋根瓦を焼いた陶工は、鹿島大明神に護られ、ヨーロッパの大工は、聖ルカによって護られたという。
 

『ものを造る』行為に神が憑く。だからこそ、神業、神の手という表現は、職人のみに与えられた至上の栄誉なのであります。人類不変の倫理は、まず、『ものを造る』行為の上に成り立った、と信じます。

 

日本的風土では、カミガミとは佛でもあり、佛とは風土そのものであると確信します。

カミガミと佛。佛とカミガミ。自家撞着に思える世界を、美しく止揚しているのが日本仏教なのであります。

 

大聖護国寺 十職の方々は、精妙にして玄妙な手業を肉体化した純粋主義者なのであります。 あ)

 

■どんな伝統も、ただそれが古いからとか、何代も受け継がれているからとか、

多くの地域で受け継がれているからというだけの理由で信じてはいけない。(中村元)

 

■古来の偉人には雄大な根の営みがあった。
その故に彼らの仕事は、味わえば味わうほど深い味を示してくる。(和辻哲郎)

 

 

↑ PAGE TOP