怒りは小さなうちに摘み取る

「怒りは怒りによっては鎮まらず、怒りを忘れて初めて怒りを鎮めることができる」
 これはお釈迦さまの言葉です。怒りを怒りで解決しようとしても上手くいかない、怒りを鎮めるには忘れる以外にない、と教えています。

怒りを感じた時に、その場はなんとか納めたとしても、腹の虫が納まらず「次に会ったら何て言い返してやろうか」と思い返している内に、さらに怒りが増幅し強い怒りを抱き続けてしまうことはありませんか。怒りを怒りで納めようとしても怒りの念が積み上がるばかりで辛くなる一方です。大切な時間が怒りという負の感情で満たされてしまうのは勿体ないことです。では怒りを鎮め心穏やかにするためにはどうしたらいいのでしょうか。それは怒りを忘れてしまうことが一番の近道であるとお釈迦様は伝えています。

 

 怒りを忘れるためには、怒りが小さいうちに摘み取ることが一番効果的です。感情にはその念が生じる瞬間があります。怒りであれば、怒りがこみ上げてくる瞬間。その最初の段階で怒りの念を摘み取ってしまうのです。ここで摘み取る機会を失うと、怒りはさらに成長を続け、やがて摘み取ることのできないほどに大きくなってしまうことでしょう。

 

 そこで怒りの芽を摘み取る二つの方法をご紹介します。『自分の心を客観視する』こと、そして『相手の意見を尊重する』ことの二つです。『自分の心を客観視する』とは、今怒りの心が生まれた、これは怒りだ、この怒りを大きくしてはダメ、のように外側から自分の心を冷静に観察することです。

自分の心を客観視し観察することにより冷静に怒りを判断し成長を妨げることができます。『相手の意見を尊重する』とは、不思議なもので相手の意見を尊重しようとすると怒りが納まります。人は生い立ちも生活の環境も考え方もそれぞれ異なります。冷静に、「こんな意見もあるのか」「この視点は斬新だな」と相手の言動を受け止めるだけでかなり心が落ち着きます。この二つの方法により怒りがこみ上げてきたとしても最初の段階で鎮めることができ、やがて怒りそのものが湧いてこなくなります。

 

 怒りは、「怒りの念が生じたその時」がとても大事です。怒りの芽を育ててしまうと、やがて葉が生い茂り大輪の花を咲かせてしまうかもしれません。大きくなってしまうと、消そうしても同じくらい大きなエネルギーが必要です。そうなる前に、怒りを鎮める方法を身に付け、心の免疫力を高めたいものです。

追記 私の尊敬する曹洞宗のお坊さんから教わったテクニックです。怒りの心が生じそうになった時、「自分が百パーセント悪い」と思うのだそうです。そうすると全く怒りの心が生じない、とのこと。場面にもよりますが(例えば自分が引けば問題が納まる時)、なるほど、これはかなり効果的でした。お試しください。

 

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